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イラストレーター&DJ、小池アミイゴ(amigos koike)本人による活動記録。
作品やイラストレーションの仕事の紹介。
唄のためのイベント「our songs」 のインフォ。

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”カフェばか日誌”について

福岡のカフェsonesと東京に住んでいるボクとの往復書簡で生まれた作品です。
テキスト:木下恵深(sones)
イラスト:小池アミイゴ

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名刺


名刺の刷り増しをお願いするために、嘉瑞工房さんに行ってまいりました。

なんでもデジタルで出来てしまう時代に“活版印刷”を続けられ、
特に欧米文の活版印刷に関して世界的な信頼を得ている印刷屋さん。

東京の印刷の街、江戸川橋辺りに当たり前に在る、
小さな街の印刷屋さんといった風情の場所です。

4年前の春、某雑誌の取材で伺わせて頂き、
現社長の高岡昌生さんのお話をたっぷりうかがうチャンスを得ました。


それまで10数年、ボクはフリーランスのイラストレーターとして仕事をしながらも、
名刺を作らないできました。

ただただ気に入ったデザインに出会わない、思いつきもしない、
そんな理由です。

ボクは絵を描くことを生業としています。
だからスベテは絵で表現するべきですよね。

しかし、人の嗜好が細分化されている時代にあって、
ただ絵を描いているだけでは仕事になりません。

社会性を持って、
ある時はわざわざでも厳しい場所に足を踏み入れて、
このブログの様な発信も自己責任として続け、
そこまでやって自由を勝ち得て、自由な作風であろうと思います。

疲れます。

そこに儀礼的な“名刺交換”
辛い作業です。

絵でスベテを表現したいため、遠回りをしているのに、
そのアウトプットの手前でクリエーティブな高まりを削いでしまう名刺交換。

そう思えば思うほど、名刺の重要性が高まるパラドックス。

そんな作業だからこそ、自分で気に入らないモノを使うわけいきません。

10数年、
「すみません、今名刺を切らせております」
「しかし、これがボクの作品です」
と自作のポストカードに手書きで個人情報を書いて渡していました。

心の底では、
「名刺代わりに俺の絵を見てくれ!」なんです。

しかし、高岡さんから伺った活字の話、
それは在る瞬間は文化人類学であったり、哲学でさえもあり、
そんな熱い面白過ぎる話に触れるにつれ、
この人に名刺を作ってもらいたいと願ったのです。

「ボクはここ10年ちょっと、名刺を作ってこなかったです」
「でも高岡さんのお話をうかがって、是非ボクの名刺をお願いしたく思います」

「う〜ん、小池さんの場合味のある字を書くから手描きがいいんじゃないですか?」
「絵を描く仕事ですし、その方が伝わりますよ。」

「ええ!手描きっすか、、印刷屋さんが手描きを奨めますか、、」

「はい」

「…」
「では、名前だけ手描きにしますから、アトの部分を活版で組んで頂けませんか」

「あ、それいいね〜。」


ボクの持ち物で一番誇れるものの1つです。

せっかく高岡さんに組んで頂いた活版による写植文字の美しいデザインですが、
伏せ文字にすること、心苦しいです。ごめんなさい。

普通皆さんが使われている名刺と比べたら、
とてつもなく高いものと思われる方もいらっしゃると思います。

しかし、自分の名前に責任を持ち、
またこの名刺を刷っていただけるような仕事を重ねなければと思えること、
お金には替えられない価値を懐に持っていることだと思っています。


今回、“誰もやっていない仕事”を始める決意をしたことにあたって、
名刺のデザインをお願いされた友人を同伴しました。

その友人に対して、高岡さんが語られた名刺の意味、
もしくは、自分の名前を人に伝える意味、
人と関わって仕事を成す上での名前の有り様。

それはとてつもない厳しい言葉であり、
すべてボクの今に対するクエスチョンにも聞こえ、
それこそ襟を正す思いで、活版印刷にかけてこられた先輩の言葉を心に刻むことが出来ました。

友人の名刺デザインは考えをまとめ改めてお願いすることにしましたが、
もしかして友人の人生の決意に際して、
厳しいけれど最高のプレゼントを出来たんじゃないかと思いました。

何より、高岡さんが仕事に向かう姿勢と同じくらい、
その友人の仕事に向かう情熱が好きだからね。
きっと良いモノが生まれるはずさ!


これからもボクとの名刺交換は、
目の前で名刺にぺんてるのハイブリットで“小池アミイゴ”と書くのを待って頂く煩わしさが伴い、
人によってはイライラさせられるかもしれません。

しかし、名刺代わりの絵を見て頂く前に、
自分の命を差し出すようなつもりでいること、
ご了承頂けたら幸いです。

| 2008.11.27 Thursday 01:25 | - |comments(6) | trackbacks(0) |

コメント

活版印刷、気になりますね。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくるんですよね。活版をひとつずつひろい、組んでいく様子が。手描きのように魂こめられた感じがします。
|ki-machan|2008/11/27 5:32 PM|
世の中がDTPに移行してく過程で、目に見えて文字組の品質が低下していく様を見てイヤ〜ンな気持ちになってたのを覚えてます。つか、今もだけど。
近所の印刷屋が廃業したときに、店先に捨ててあった活版をいくつか記念に拾ってかえったなあ。

自分でもPCでしかモノを作ったこと無いけど、いつかはちゃんとした職人さんにお願いして一緒に美しいものを作れたらなあと思いながらも、いつになるやら…。
|a.k.a.のんき|2008/11/27 6:46 PM|
>ki-machanさん。
活版印刷の写植工は、エレガントなように思えて、
活字に使われている鉛とかの影響で身体には悪い作業であったですね。
そんな仕事だからこそ、銀河鉄道の夜の暗闇にボウと浮かんだ人物らしい仕事であったのでしょうね。

ところで活字は、まさに手描き文字を下敷きにしたもの、
手描きの代用&頒布の目的から削り出されたもの、
もしくは、漢字のようにそもそも活字に収めきれないものなど、
まさに人類の文化の歴史であるそうです。



|小池アミイゴ|2008/11/29 2:55 AM|
>a.k.a.のんきさん。
そうなんよ!
こんなに行き過ぎたデジタルな時代だからこそ、
“元祖デジタル”な活版印刷の魅力、デカイです。

で、去年eliちゃんの“rita”ジャケ創る際、
せめてタイトル文字だけでも嘉瑞印刷さんに活版で組んでもらいたかったんだよね。

もちろん、そんな予算ありまへん。

しかし、いつか嘉瑞印刷さんと組んで美しいもの創りたいぜ!

それがオレの夢だ!

あと、a.k.a.のんきさんとぶっ飛んだHP創ることな。
|小池アミイゴ|2008/11/29 2:58 AM|
子供の頃、印刷屋さんが大好きでした。
特に活版を組んでいるのをみるのが好きでした。
たんねんに一字一字並べていく。
ときどき、寝っ転がっちゃってる活字があったり、逆さまになっちゃってるのがあったり。
脇でみていて、
「おじちゃーん、そこんとこ横になってるよー。」
と指差すと、
「おお、そうだね。教えてくれてありがとなー。」
といって、一字を直し、又もくもくと続きを並べている職工さん。
子供がみていても追い払ったりしない花沢徳衛みたいな顔をした職工さんの側で何時間もみていました。
銭湯をやってる友達の家の隣がそんな印刷工場だったのです。
工場の脇の道は舗装されていなかったから、たくさん活字が転がってきては埋まっていって、それをみつけては指でちょいちょいと掘り出してこっそりもらって帰りました。
懐かしいなぁ。昔は活版が当たり前だったのにね。
本を読むたびに、あの大変な作業からこの本が生まれたんだなーと思って大事にしましたよ。
|Monica|2008/11/29 8:06 PM|
>Monicaさん。
携帯小説の今から活版印刷で本が作られていた時代を思うと、
さすがにノスタルジーを感じますね。
もしくは、毎日届けられる新聞の一文字一文字が人の手で拾われ組まれていたこととかね。
田舎からの集団就職で大量に連れて来られた“金の卵”たちの勤め先の1つでもあったね。

それから“誤植”という言葉がなんとも人間的でありますよね。
|小池アミイゴ|2008/11/30 4:05 PM|










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