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イラストレーター&DJ、小池アミイゴ(amigos koike)本人による活動記録。
作品やイラストレーションの仕事の紹介。
唄のためのイベント「our songs」 のインフォ。

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”カフェばか日誌”について

福岡のカフェsonesと東京に住んでいるボクとの往復書簡で生まれた作品です。
テキスト:木下恵深(sones)
イラスト:小池アミイゴ

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都城へ


12月9日に絵描きの友人の急逝に出会いました。

1つの生の終わりは、今ある生への大切なメッセージですね。

早過ぎる生の終わりに、やり切れない気持ちにも襲われましたが、
それ以上に、目の前にあるコトに全力であろうと思いました。

そう思わせる友人でした。


訃報に触れてから後続いた、街と人と唄とを巡る時は、
ボクにとって掛け替えの無いものになったと思います。

そうして一息ついた12月23日、
都城に向かいました。


福岡から高速バスで3時間半。

九州の豊かな自然を駆け抜ける旅です。


霧島連峰を仰ぎ、盆地に沈む都城の街。

人口17万人、宮崎県では2番目に大きな古い城下町。

豊かに広がる土地を活かした農業を中心とした産業構造。

タクシーの運転手が「あそこだけは儲かっている」と言った、
有名な焼酎「霧島」の生産地であります。

現宮崎県知事の出身地。
「どげなせんといかん」土地です。


日豊本線の都城駅から“繁華街”を抜け西都城駅まで歩いてみました。


良く晴れた天皇誕生日の休日です。


軽乗用車の隊列に冬の日差しが突き刺さるようにして降り注いでいました。


繁華街と言われた場所は、多くの店がシャッターを降ろしていました。


人1人の小さなプライドまで木っ端みじんに押しつぶされたような、
「壊滅的」と言ってよい哀しい街の姿でした。

それは、それまでの旅で出会った人の有り難さを際立たしてくれもしましたが、
やはりショッキングなまでに哀しい景色でありました。


西都城駅から友人宅までは歩いて20分くらいのはずですが、
もうしばらく歩いてみることにしました。



街を南北に流れる川に出会いました。


その優しく誇らしげな姿と吹き抜けた一瞬の風に
旅の安堵を覚えました。


こうして歩くことはヨロコビです。哀しみです。


2時間ほど歩いた後、身体を休めようと思いましたが、
そう思える店を見つけることが出来ず、
仕方なく入った大手デパートに出店してるcafeで、
味のわからないコーヒーを飲みながら、
何度目かの再読中の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」のページをめくりました。


19年前の夏、無茶して死にかけたボクを見舞いに来た彼は、
村上春樹の短編集「中国行きのスロウ・ボート」を持ってきてくれたこと、
思い出しました。

ボクらの先輩イラストレーターの描いた美しい表紙に、
ボクは鼻から管を出したまま「そういうことなんだな」と思いました。


そして、
19年間止まったままになっていた時に出会いました。

帰りがけにたいして美味しく無い地鶏の焼き鳥を霧島で流し込み、
最終から1本前の高速バスで戻りました。

| 2008.12.26 Friday 13:26 | カフェばか紀行 |comments(4) | trackbacks(0) |

コメント

哀しいけども良い日記
感じるものがあったからコメントしちゃった
eli|2008/12/27 4:38 AM|
>eliさん。
個人的なことだから書くの難しいかなと思ったのですが、
この数日の旅で出会った方々の有り難さを確認する意味でも描いておこうと思いました。

初めてうかがう街であっても、
そこにヒトリでも豊かなイマジネーションを持った方が居ることを知っておくだけで、
街の輝きが違って見えてくるものです。

都城ではそれを発見出来ぬまま、
1つの生のとボクの孤独とをすり合わせる時を経験しました。

eliさんやボクのようなタイプの表現者の表現するべきことって、
さらにこんな場所に向かってゆくんじゃないかな。

平行して誰でも喜べるエンターテーメントを創造しながらね。

|小池アミイゴ|2008/12/27 3:41 PM|
読んで、なんか背筋を正された気分です。
ありがとうございます。
|oseima|2008/12/27 4:19 PM|
>oseimaさん。
そうかい。

ともかく個人的なことだからね。
品悪く伝わらないか心配でならんのでした。

まあ、俺たちは俺たちのやるべきことを全うしようぜ、
そういうコトでもあるよね。
|小池アミイゴ|2008/12/28 3:39 AM|










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